
朝晩の冷え込みがずいぶんと厳しくなってきました
あれほど暑かった夏から一気に冬になった気分です
運動会日和のさわやかな秋晴れの日が続いています
皆様お元気にお過ごしでしょうか キセ石材・事務員No.3です
前回は、「第11番 東大寺指図堂」について勉強しましたが、
今回は「第10番 法然寺」について勉強したいと思います
実は、この二十五霊場の中でも、法然寺は3か所あります
奈良にある第10番と京都にある19番そして高松にある第2番です
法然上人の生涯からいうと、この奈良にある第10番が先になります
こちらのお寺は、奈良県の橿原市にあります
1191年、法然上人が高野山へお参りする時に、聖徳太子の生誕地
橘寺へ立ち寄られ、その帰途、村人に念仏往生の教えを説かれる為に
法座をもたれた紀寺に関係のある少林院という仏堂だったそうです
それから300有余年後の1528年夏、知恩院第26代御門跡保誉上人が、
夢の中で法然上人より「香久山の麓の寺はせまいけれど、高きみのりを説きて弘めむ」
とのお歌を賜ったことから、門跡を辞してこちらのお寺に御隠栖されることとなり、
その際に寺号を法然寺と改められたと伝わっているそうです
御本尊である阿弥陀如来は、もとは高野山の麓・新別所の念仏堂にあったそうですが、
1528年空円上人が、夢の中で御本尊より
「香久山の麓に有緑の霊地あり ともないて行け」との命をうけ、
こちらのお寺にたどり着きました
不思議なことに、空円上人到着と同時に、前述の保誉上人もこちらに着かれて、
二人は共に霊夢を語り合い、直ちに別時念仏を修せられたと伝わっているそうです
また、こちらのお寺には法然上人が建久2年に少林院で念仏往生の教えを説かれた際に、
村人の懇請によって法然上人が遺した(後世に伝える、残して死ぬ の意味)
法然上人の御木像があるそうです こちらも必見です




